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公務は違い、趣味の自転車を駆使した旅記録ページです。
自転車に興味がない方は通常の「いなぎ暮らし日記」へお戻りください。




改めましてこんにちは!
稲城市議会で最も自転車に乗っている時間が長い(当者調)、鈴木です。

この度、高校生の頃から構想していた「自宅と生まれ故郷の人力往復旅」に取り組む決意を新たに、多くの関係各位皆様方のご諒承、日程調整をさせていただきました。
温かく送り出していただいた皆様に、先ず深く御礼申し上げます。

お陰様で、構想初期の2倍年齢、35歳にはなりましたが無事に志を果たすことが出来ました!

以下に旅の記録を綴らせていただきます。

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今回実施した自転車旅のテーマは3つ。

 一、「自転車の街・稲城」に向け、自転車移動のメリット・デメリットを実体験する。

 一、モータリゼーションではなく、小回りが利く自転車による観光方法を模索する。

 一、個人的にアイデンティティーの再認識と、心身の再鍛錬を図る。


これらの考察と結果は最下段にまとめさせていただきます。
※面倒くさいなぁと思ったら、一気に最下段の結論まで飛んでください!




今回使用した自転車は、2011年の初選挙や2015年の二期目チャレンジの時にも「至極の選挙カー」として頑張ってくれた愛車「GTアバランチェ3.0」というマウンテンバイク。
通常であれば、上の写真のようになるべく軽量化した仕様なのですが、今回は自転車一本での長距離旅行になることを踏まえて「泥除け(前・後輪)」「荷台(後付)」「スマホナビ用フレームバッグ」を取り付け、リアサイドバッグを搭載出来るようにしました(下の写真が改造後)。
道中でのトラブルに備え、携帯フットポンプや工具類、モバイルバッテリーも積載。
また、衣類タオル以外に、カロリーメイトやスポーツドリンク等々を詰め込み。



【自転車旅・初日】


2017年10月9日(月・祝)体育の日、未明の午前3時半頃に稲城市平尾の自宅を出発。


夜間も無理なく走れるようにライトは勿論、ナビ、そして後部には点滅式テールライトを装備。


先ずは平尾からよみうりランドの山を越えて、矢野口へ。この時点で結構な疲労(笑)
多摩川原橋を渡り、調布市へ。都道19号線(鶴川街道)を北上、一本道は都道12号・同233号・同25号と名を変えながらも真っ直ぐに北へと続く。


調布市、三鷹市、武蔵野市、西東京市を過ぎて埼玉県に突入。新座市、朝霞市、志木市、富士見市を過ぎて羽根倉橋にて荒川を渡る頃、ようやく払暁を迎える。


国道463号を進み、さいたま市内にて旧中山道こと国道17号へ折れ、さらに県道3号へ入る。上尾市、伊奈町、蓮田市、白岡市、久喜市を抜け、今回の旅路のメインロードである奥州街道こと国道4号線に入り、利根川橋を渡って茨城県古河市、ほどなくして栃木県下都賀郡野木町に突入。


栃木県小山市、須賀神社に関ヶ原の戦いで有名なターニングポイントとなる「小山評定之碑」が街道に面して建立されていました。が、私は引き返すこと無く(当たり前)、北上を決断。
下野市を過ぎて栃木県庁所在地、宇都宮市へ入る。



丁度昼時、ということで宇都宮餃子!
「宇都宮みんみん」にて焼き餃子4人前と水餃子2人前を堪能。結構な行列に並びましたが、回転が良いのか思ったよりも早く入店できました。
腹ごしらえと空になったペットボトル購入を終えて再び出発。


宇都宮市街を抜けて鬼怒川橋を渡ると高根沢町。さくら市、矢板市を抜けて、初日の目的地である那須塩原市内に到着。
とはいえ那須塩原市に入ってから宿泊地の西那須野までも結構な距離が…。


旅の初日は、東京都稲城市平尾~栃木県那須塩原市西那須野まで、走行距離は今回の旅内では最長の167km/日、走行時間11時間35分。多くの河川渓谷による高低差はあったものの、全体としては実感が無い位のゆるーい上り坂を延々とやって来たなという感想。



【自転車旅・二日目】


10月10日(火)、旧・体育の日。
朝霧に包まれた西那須野駅前より出発。昨日の長距離疲れは特に感じず。


国道4号線に戻り再び北上開始。那須塩原市が延々と続くように感じつつ、那須町へ。
ここは高原地帯ということもありアップダウンの繰り返し。下りは勿論、登るのも苦ではないのですが、上がった分を下りて、また上がってその分下りてというのは、普段の尾根幹(近所の都道・南多摩尾根幹線道路)とはまた違った徒労感が…。
しかも、ちゃんと点検してから出発したのに少々前輪タイヤの回りが悪い…。


ようやく那須を抜けて、福島県西郷村へ入る。が、ここからもしばらくアップダウン。


福島県白河市へと入る少し前に「白河検問所」なる施設を発見。歴史上名高い白河の関(奥州三関の一つ)の現代版でしょうか。関所破り!ではありませんが、何事もなく進む。


…かと思いきや、那須越えで感じた前輪の違和感がMAXになり、バラして点検。
整備して何とか再出発、鏡石町、須賀川市へ入り、「←会津若松」の道路標識を見掛け、「あ、左折ね」と何の気無しに標識通りに方向転換。
その判断によって、これから始まる苦難など露知らず…。


標識に従い国道118号線に入ると、一気に長閑で風光明媚な田園風景が広がる。


これがまた、谷川沿いに延々と上り坂が続く道。
途中、江花という地区で分かれ道があり、標識通りに会津若松方面へ向かうため国道294号線へ右折して更に坂を登り続ける。


勢至堂渓谷とやらの側道を汗をかきつつドリンクを飲みつつ、ひたすら登坂。
途中、関ケ原合戦に向けて上杉景勝・直江兼続が整備したと言われる道谷坂陣跡を拝見。


勢至堂渓谷には道路対岸から多くの清冽な滝がいくつも流れ落ちる。
登坂の疲れをも吹き飛ばすような、我が日本の渓谷美を骨の髄まで堪能しました。
上の写真は勢至堂五滝のひとつ、「馬尾の滝」。


山の頂上か?というところで勢至堂トンネルをくぐる。
どうやら峠道は秀吉命名?の「太閤道」という道らしく、参勤交代にも使われたとか。
そして、あとから知ったのですが同トンネルは何やら怖い名所だとか…。
知ったのがあとからで本当に良かった。



過酷な峠道ゆえにか売店や自販機すらほぼ無く、多量の発汗で、山の奥深くで飲料水が底を尽く危機的状況なるも、神様はいるもので、ふと横を見ると飲めそうな清水が湧いておりました。
看板が割れて読めなかったのですが、帰宅してから調べると、「黒森強清水」というらしい。その場でがぶ飲み&空のペットボトル3本をフル充填!


山の天気は変わりやすい、とはよく言ったものでポツリポツリと雨。
黒森強清水からすぐ上ったところにある黒森トンネルをくぐり抜け、猪苗代湖の南岸・郡山市湖南という集落まで長い坂を一気に駆け下る。


越後街道こと国道49号線に合流し、県道33号線を経て、国道121号に入る。兎にも角にも東北地方の10月、夕暮れの冷たい雨に身も心も凍りそうになりながらも、二日目の目的地である喜多方市へ何とか到着。


江花喜多方市議会議員と、名物の喜多方ラーメンを食す。


名門・会津喜多方商工会議所に表敬訪問。


喜多方市を「サイクリストおもてなしのまち」へと推進する江花喜多方市議会議員の歓迎を受け、温かいご当地ラーメン(の二郎レベル盛り)と、熱い喜多方商工会議所青年部委員会、熱々の男気によってスッカリ身体も暖まりました。
市内には50㎞に渡るサイクリングコースが整備され、ヒルクライム大会も3.11後の復興イベントで定着。これから稲城も自転車の街として推進するにあたり、サイクリストおもてなしの宿のご主人やサイクリスト案内をする住職等、諸氏と有意義な意見交換をさせていただきました!


旅二日目は、栃木県那須塩原市西那須野~福島県喜多方市まで、走行距離137km、走行時間10時間ちょっと。高低差が1600m以上という、太っちょな私にはだいぶ過酷な「間違えた山間コース選択」でありましたが、その分の達成感と見られた美しい風景、冷たい身体に染み入る暖かいおもてなしの数々に心打たれる1日となりました。
江花市議曰く、私が通ったコースは「ほぼヒルクライムコース」だとか…。



【自転車旅・三日目】


10月11日(水)、会津地方は曇天。
一宿一飯をお世話になった、サイクリストおもてなしの宿・俵屋
玄関先・玄関内は勿論、部屋への自転車搬入もOK。かつ、空気入れや各種整備用具も無料貸出、さらにはサイクリスト客の場合は携行食料のプレゼントまで!
会津地方はサイクリングの名所であるため、自転車を輸送してサイクリングに来られる方が多いとのことです。是非とも宿のご主人・原さんに「稲城市の鈴木の紹介で…」と申し出てお泊り下さい!
…何か良いことがあるかどうかはわかりませんが(笑)

 → 俵屋さんの宿泊サイクリストに掲載されました!



朝方、「蔵の街・喜多方」の目抜き通りを北上。
…本当なら喜多方ラーメンをハシゴしたいところですが(苦笑)


道の駅「喜多の郷」にて飲食料を買い込んで、いざ峠道へ!


国道121号線は会津街道とも米沢街道とも呼ばれる。


大峠レインボーラインにいざチャレンジ!


日中ダム湖を右手に眺めつつの登坂。


大峠トンネルに入る直前、ひめさゆり浪漫館に立ち寄る。
梨の街・稲城市民としては食べずにいられない「なしアイスキャンディー」を購入。本当に「氷菓」の名の通り、ただただ梨エキスを凍らせた一品だが、なかなか美味い。


福島県・山形県の県境である飯豊連峰の東・飯森山への登山道、清流を渡る。





トンネル全長4kmにも及ぶ、長い長ーい大峠トンネル。
途中の展開場所にて、人生初のトンネル内休憩を体験しました。


大峠トンネルをくぐり抜けたところで、山形県米沢市に突入。
坂下りの前に小休止して、宿でいただいた「一本満足」を食べてみる。途中で「なしキャンディー」を食べたはずなのに登坂後の空腹か、一本で満足ならず!


峠から麓へと下りる途中には多くの「クマ注意」看板。おっかなこわごわ、脇の森に蠢く猛獣を覗きながら、一気に駆け下りたところで、道の駅「田沢 なごみの郷」に立ち寄り、市街地へ。


先ずは、上杉家御廟を参拝。


次いで上杉神社を参拝。
他、自宅に送る鯉やら柚餅子やらを市内を回って購入→宅配。


県道3号線、242号線にて米沢市街地から北上。
周囲は米沢盆地の刈り入れ直前の田園風景がどこまでも続く。


川西町へ突入!


久々に訪れた「牛谷家の門」は周囲も整備され、当然選挙期間中なので公営掲示板が。



山を越え谷を越え、苦節370㎞、とうとう到着した生まれ故郷の山形県東置賜郡川西町大字西大塚。山形鉄道フラワー長井線・西大塚駅前にて記念撮影!


既に食べかけの写真で恐縮ですが、生家の食卓に並んだメニューはアケビの炒め物、菊とほうれん草のお浸し、ツルムラサキの和え物、鯉の甘露煮、馬刺し、芋煮、だだちゃ豆、玉茄子の酢漬、畑で取れた新鮮な野菜や果物達…
温かい風呂に、冷たいビールに、懐かしの郷土料理三昧、なんだか涙が出ました。
夜は嬉しさ余って、祖父母の仏前にて爆睡。

旅の折り返し、三日目。福島県喜多方市~山形県東置賜郡川西町まで、走行距離70km、走行時間6時間半、高低差957m。米沢市内での観光と物産購入巡りで時間を費やしました。
大峠トンネルのような長大なトンネルは、やはり自動車専用に作られている側面が強く、自転車・歩行者は十分に注意が必要であることを体感。
また、何よりも旅の目的地に着いた達成感には17歳の時に思い立ってから2倍の年齢になったこともあり、色々な意味で感慨ひとしおでした。



【自転車旅・四日目】


10月12日(木)朝、薄曇りの窓外を見ると通学のため列車を待つ学生達の姿。


朝食後は先祖代々の墓参り。お盆の時期には来られなかったものの、今年も無事に祖父母へ挨拶することが出来ました。
特に、自己紹介ページの経歴にも書いてありますが、私に「誠」の名前を付けてくれたのは母方の祖父。丁度7年前に他界してしまいましたが、結婚式にも呼べたし、曾孫の顔も見せることが出来たし、少しはおじいちゃん孝行出来ましたでしょうか?


雨の予報でしたが、何とか雲から晴れも覗く中、再び延々と田園を駆け抜ける。


今度は羽州街道あるいは万世大路と呼ばれる国道13号線にて奥羽山脈越え。
やはり雨天の予報通りか、はるか先の峠には暗雲立ち込める…。


峠に差し掛かる前に、万世大路記念碑公園に立ち寄り各種石碑を見学。明治14年、時の明治天皇が東北巡幸の際に栗子隧道を「萬世大路」と命名したそうな。いつも車で通り過ぎてしまう道だけに、改めて勉強させられます。


頂上付近になってくると、スキー場が。子供の時に来たなぁ。


無事に頂上の峠部分に差し掛かり、先ずは西栗子トンネルを通過。


山頂にて、生家で握ってもらった特大おにぎり達を頬張る。


無事に東栗子トンネルも通過し、そこからは福島県福島市街へとひたすら駆け下る。


こちらも、いつも車では橋の上を通り過ぎてしまう中野不動尊。
生まれて初めて参詣させていただきました。


福島盆地に下りきった後は、フルーツラインあたりを通過して、阿武隈川を渡る。
市内蓬莱町の親戚宅に立ち寄り、叔父叔母、姪っ子らと午後のティータイムを満喫。


ここいらから再び国道4号線・奥州街道に道を戻す。


こちらも初めて立ち寄った、道の駅「安達」。


国道沿いには、未解決の東日本大震災の爪痕が。
最初に見掛けたのは浪江町の応急仮設住宅団地。


また暫く南下すると、今度は双葉町の応急仮設住宅団地。
二本松市から本宮市あたりで、ぽつぽつと雨が降り出す。


本格的な大雨になってしまったため、郡山市にて一泊。
ホテルの方のご厚意で部屋まで自転車を入れさせていただき、乾かしたり、雨天対応の装備に切り替えたりしながら帰路1日目は終了。


旅の三日目、帰路初日。山形県東置賜郡川西町~福島県郡山市まで、走行距離108km、走行時間8時間20分少々、高低差1420m。上の図が表している通り、純粋に峠越えが目立ちました。
福島市の親戚宅では、子供の頃から可愛がってくれている叔父叔母に帰路の心配をされて「途中まで送ろうか」と言ってもらったのですが、今回の旅テーマ「全て人力」をまっとうすべく辞退。
揚げ饅頭と福島産のリンゴがエネルギー補給に効果的でした!



【自転車旅・五日目】


10月13日(金)、そう「13日の金曜日」です。
とにかく、朝からざんざん降りの雨。前夜にホテルで雨天仕様にしたとはいえ、安全を期して徐行運転でひたすら国道4号を南下。



「東京まで200km」から勝手にカウントダウン、10km単位で撮影。


そして、まさかのチェーン断裂…。
大雨降りしきる中、路肩で解体。一穴詰めて、何とか応急処置…。
身も心も苦行感満点に打ちひしがれながら、往路と同じ風景の那須山越え、しかし、「雨ニモマケズ」精神でなんとか克己!


雨夜の大型トラック往来に危険も感じ、同日は小山市にて休息。
途中見掛けた「ガンダムらしき何か」が、応援してくれた気が!
君よ走れ まだ怒りに燃える 闘志があるなら~♪


朝から降りしきる冷たい雨の中、福島県郡山市から栃木県小山市まで、ひたすら南下した走行距離147km、走行時間10時間半、那須高原分の高低差945m。
いくらレインコート着ようが隙間からの水、そして追い抜く巨大トラック達がバシャッとかけてくる激しい泥水。そして物凄い風圧と、路面状況の悪さに速度も上げられず。
さらにはギアとチェーンがぶっ壊れて、山道、雨の中での修理作業。夜になってからは視界が悪いこともあり、あわやトラック衝突な状況も…。
さすがは13日の金曜日。というところでしょうか?(苦笑)



【自転車旅・六日目】


10月14日(土)、帰稲予定日。夕方には市民相談があるため間に合うようにと急ぎたいところでしたが、昨晩のことを考え「なるべく安全な道」を模索。


…ふと我が町の『南武線高架化事業による北側側道敷設』の委員会質疑内容を思い出して、「もしかしたら、東北新幹線も高架整備用の側道が敷設されてるのでは?」と探したら、案の定ありました!車がほとんど通らない素敵な直線の側道が40㎞も(笑)
まさか議会での知識がこんなところで役立つとは…。
多くのチャリストの皆様に、高架下側道の有用性を訴えたいと思います。


往路とは逆にずーっとゆるーい下り坂のような帰路。何やら雨も上がり、快調に埼玉県さいたま市まで戻って来ました。
東京が近づくと、道標が「東京まで」ではなく「日本橋まで」に変わるという発見も。


午後2時半、期日前投票に有権者の皆様が多く訪れる稲城市役所前に到達。
筋肉痛以外、事件事故も無く「帰稲」を果たしました!


そして、疲れきった身体に最後の難関「坂浜の山越え」が(笑)
高勝寺にて旅の無事を感謝しつつ最後の最後のひと踏ん張り!


2017年10月14日(土)、午後3時4分。無事に帰宅、感無量。
その後は自治会関係から依頼された市民相談1件、こちらも無事に完了。


栃木県小山市~東京都稲城市平尾まで、走行距離93km、走行時間7時間。
生まれ故郷往復、走行距離トータル約720㎞、1日平均120km。
6日間には色々と珍事も危機的状況もありましたが、旅の当初目的は全て達成!


さて、ここまでの長ーい趣味の乱文をお読み頂き恐縮です。
冒頭の3テーマについて以下、考察及び感想を。


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一、「自転車の街・稲城」に向け、自転車移動のメリット・デメリットを実体験する。
道交法から考えても、ですが、そもそも自転車がそれなりのスピードで段差の多い歩道を移動することには無理があります。かといって、低速の子供や高齢者の運転する自転車を道路に下ろすのもそれなりに危険が多い。住み分け(速度ベース?年齢分け?)を法律含めて再定義する必要があるのではないか?
自転車専用ライン、道路端の舗装状態等は各都県市町村の各道路事情によりけり。わざわざ立派な自転車専用道(これは都道12号・233号・25号が顕著)まで本格整備する必要は感じないものの、ハード面においては、
・路肩への自転車走行マーキング(簡易でも良い)は必要、特に交通量がある路線
・アスファルト舗装と雨水排水コンクリートとの段差、タイヤの轍や街路樹根上がり解消
・私自身はトルク太いMTBだが、通常のロードやクロスバイクを想定するとグレーチングの縦長方向にタイヤが嵌って危険(稲城市でも行政の道路管理瑕疵による自転車事故賠償事例有り)

といったことを強く体感しました。

また、ソフト面から考えると、
・そもそも、自転車に対する自動車運転手による配慮(幅寄せしない等)
・子供、高齢者の道路走行に対する社会的な再定義
・自転車走行者自身への知識啓発、運転技量向上を促す

等が、今後の課題として解決が望まれます。

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一、モータリゼーションではなく、小回りが利く自転車による観光方法を模索する。
街道沿いの観光資源、特には小さいものは自動車だと素通りしがちですが、サイクリスト(スピード派じゃなく旅情派の方)にとっては見応えあるなぁと再認識。
・当然思いつくことながら、レンタルサイクルの整備提案継続
・名所毎に「自転車のロックを掛けられる金属製バー」の設置

は難しく考えずに必要かと。
※レンタルサイクルについては2015年10月の日記等、以前から議会で提案し続け、実現の見通しも立って来ております。

別な考え方として、喜多方市の江花市議からもインスパイアされたのですが、
「そもそも自転車自体を観光資源化させてしまう」
というのも手法としては大変有用かと。
我が稲城市は多摩丘陵の一部であり、多摩川南岸の崖線もありますので「都市近郊ヒルクライム」に練習やイベントなど活用できる環境。
また、コースを考えるなら流石に喜多方・会津、或いは宇都宮のような面積的に大きな街のような自己完結型は無理にしても、近隣自治体と連携しての取り組みは十分に考えられます。
※特に東京五輪2020のロードコース誘致がこのまま成功すればさらに…!

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一、個人的にアイデンティティーの再認識と、心身の再鍛錬を図る。
…そして最後に、とても個人的なことを。
私が敬愛する歴史上の偉人である上杉鷹山公とほぼ同じ参勤交代コースを、全て人力で(といっても自転車の恩恵を受けてですが)追体験できたことの嬉しさ。
生まれた場所と今暮らす場所は確かに遠い、確かに遠いのだが自転車で往来が出来る程の距離。沿道の方々と話をすると方言は少しずつ変化すれども、やはり心通わせられる同じ日本人の温かさはどこも変わりませんでした。
「美しい国・日本」と言うと怪訝な顔をされる方も居られるかもですが、本当に日本は美しいのだからしょうがないじゃないと心底思える、多様な地形、自然、農業の息づき…。

私は、美しく優しい日本に生まれて、自然豊かな山形に生まれて、便利な稲城で暮らして、さらに健康な身体に産み育てていただいたおかげでいまここに居るのですが、その全てに感謝してもしきれないことが再認識できました。

先人達が築き残したこの全てに恩を返すこと、そして次の世代にもこれを繋ぐだけでなく、さらにより良きものとしてバトンタッチする!
後世に笑われ後ろ指差されぬように、今を共に生きる方々と全力を尽くしたい。その先陣と露払いを確りとしていく!

…まるで初めて選挙に挑戦することに至った初心を彷彿としますが、この個人的わがまま旅がもたらしてくれたものは小さくはありませんでした。


諸事ある中を、暖かく送り出していただいた皆様、本当にありがとうございました!
また、志新たにパワーアップした前のめり活動を展開して参ります!


※当然、全て私費での行動です。
  公費は一切入っておりませんので悪しからず。


平成29年 秋


自転車旅の副作用で、顔も少し痩せて見えるディスプレイに向かい






皆さんの多彩なご意見をお寄せください。
今後の活動の参考にさせていただきます。
時間の都合上、恐縮ですが返信等できない
場合もございますが、必ず一読いたします。
何卒ご了承のほどよろしくお願いいたします。

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