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2021年04月10日
2020年7月以前の過去日記について

平成22年11月

  • 2010 / 11 / 28
    二週間前に干した柿が良い按配になったので、ついに収穫。
    ひとつ食べてみると、見事に渋が抜け、とても甘いスイーツと化しており苦労が報われた気持ちです。(ちなみに私はあまり甘いものが得意ではない)
    しかし水分が抜けると本当に縮みますね、11/14の日記と比べてみると体積は5分の1以下といったとこでしょうか?

    午後は若葉台iプラザにて開催される、市民講座『若葉台(坂浜)の歴史を探る』の講師助手に行ってきました。
    大会議室は満員状態となり、2時より講義開始。渡辺先生のお話に参加者全員が熱心に聞き入り、最後の質疑応答ではシッカリとした質問…というか、かなりマニアックな質問や新たな観点での質問が飛び出し、参加者皆さんの地元史に対する情熱を感じました。
    以下に本日の資料を添付しておきます。

    若葉台(坂浜)の歴史を探る.pdf

    次回は12/5に中山さんによる『地元民俗史のお話』、最後は12/12に主催の小沢さんによるフィールドワーク『若葉台坂浜の歴史探索』。
    私も12/12のフィールドワークには講師として参加する予定ですので、参加される皆様、質問等お手柔らかにお願いします(笑)

  • 2010 / 11 / 27
    日本百名山踏破、丹沢山系に挑戦しました。

    朝8時、小田急線の渋沢駅に集合。友人の車に乗って丹沢山麓にある大倉登山口パーキングへ。登山開始。
    好天に恵まれ、紅葉狩りをしながら楽しくハイキング!…と最初は思ったのですが、丹沢連山があんなに厳しいものだとは。とにかく、稜線沿いにアップダウンが激しいコース、膝間接への負担がはかり知れません。中腹あたりから雲がかかりはじめ、30メートル先は真っ白という悪天候になってしまい。
    なんとか表丹沢尾根、塔ノ岳(1491m)に登頂。
    寒冷突風に晒され、一時山小屋へと避難。シーフードヌードルと、ほっぺたが丸々とした猫と戯れて気力快復。
    狭義の意味でいう丹沢山は時間の関係で諦めて、尾根をアップダウンしながら下山開始。艱難辛苦の末、日没と同時に大倉Pへ帰着。富士山の二の舞を踏むところだった、危ない。

    急ぎ帰路へ着き、夕方6時過ぎに帰宅。
    シャワーを浴びて、今度は学校体育館開放指導員の責務を果たすため、急ぎ押立の第四小へ。
    どうやら今年度だけは11月も体育館開放をやることになったらしく、急遽の招集だったのですが何とか間に合いました(^^;
    本日は利用者がとても多かったのと、子供に「お兄さん来年も四小担当してよ!」と言ってもらえたので嬉しかったです。
    気になっていた貸出用バドミントンラケットのグリップ張替も7本出来ましたし今年度で思い残すことはもうありません。

    そんなこんなで疲労困憊。。。寝ます。

  • 2010 / 11 / 21
    今日は前々から準備を進めてきた市民向け歴史オリエンテーション『杉山神社から鶴見川・多摩川の分水嶺を歩く』に講師として参加してまいりました。

    平尾メンズクラブさんに企画していただいたこともあり、地元の方の参加が最も多かったのですが、それ以外にも東長沼や矢野口など、遠い場所から参加された方も多く、張り切って案内に勤しみました。
    多摩川流域と鶴見川流域の分水嶺を歩くとの趣旨でしたので、尾根の起伏激しいコースだったのですが、小学生から御高齢の方まで、最後まで元気に無事踏破!

    メンズクラブさんの打ち上げにも参加させていただき、参加された皆様の熱意と熱燗にやられてしまいました。午後6時にほろ酔い帰宅。
    妻に「なんでまだ夕方なのに酔ってるの?」と怒られてしまいましたが。

    今日参加された方々にお配りしたPDF資料を以下からダウンロードできますので、興味ある方はどうぞ。
  • 平尾小田良歴史散歩2010年11月.pdf

  • 2010 / 11 / 20
    『緊急消防援助隊合同訓練』とのことで、一都六県各地の消防隊が今日明日の両日、稲城に集まってくる!…というビッグイベント?でしたが、我々消防団の出番は朝一番、土砂に埋もれたバスからの救出作業!しかし、後が閊えてることもあり、早々に切り上げ。もう少し見学したかった。

    思ったより時間が空いてしまったので、午後は稲城市内探検@東長沼2回目へ。帰り際、矢野口の穴沢天神を参拝中に自転車の鍵を紛失し、やむを得ず、アメリアにて工具を購入してチェーンを切断、なんとか帰宅。

    夕飯後は、市内バドミントンクラブのペアーズさんにお邪魔。久々の運動だったためか、息が上がり、ゲーム練習全敗…。
  • 2010 / 11 / 14
    父が以前に経営していた事務所兼祖母の住まいであった場所、祖母が植えた柿の木があります。渋い丸柿です。他にも一本、甘い平柿の木もあったので、この丸柿は長年見ているだけの存在でした。
    …しかし、それでは可哀想だと思い立ち、今年は食べてみることに。

    普通に剥いて齧ると…甘い!そして、渋い!

    少し手間はかかりますが、人生初の干し柿作りに挑戦です。
    『あんぽ柿』にしたいなと思っていたのですが、硫黄で燻製するという素人には難しそうな製法だと判明したので、諦めて『枯露柿』を目指すことにしました。
    およそ30個の柿をヘタだけ残して丸剥きし、紐でくくって軒下(ベランダ)に下げるだけなのですが、1時間もかかりました。
    素人仕事だからの遅さでしょうが、なぜスーパーで売っている干し柿が高いのか、その手間を体験すれば納得できます。

    これから二週間ちょっと程の柿干し期間です。

  • 2010 / 11 / 10
    若葉台のiプラザにて、若葉台歴史講座の打ち合わせをしてきました。
    講師の小沢さん、渡辺先生ともに熱心で、言い方は少し悪いですが「年長者だからこその、歴史に対する熱意」を感じました。
    『広報いなぎ』でも参加者を募集していましたが、来週末の21日(日)は平尾歴史散策、そのまた翌週28日(日)は若葉台歴史講座。
    僭越ながら、私めも講師側として参加いたします。もし御参加予定の方いらっしゃいましたら、質問等お手柔らかにお願いします。

    別件ですが、先日の尖閣諸島での中国漁船→海上保安庁船衝突の映像流出事件。だんだんと詳細が明らかになってきましたね。
    一国民として気が付かなかった、いや、気が付けないようにしているのは政府の隠ぺいなのでしょうか?
  • 2010 / 11 / 07
    昨日は私の住む自治会に接する、川崎市麻生区にある古沢地区に土地区画整理事業が立ち上がるとのことで、準備組合の事務局の方々と当自治会とでお話をさせていただきました。
    我が家のすぐ目の前が該当の古沢の森なのですが、これが無くなるとすると、よく見かけるタヌキもいなくなるのかなと。
    稲城市内でも南山をはじめとして、上平尾や小田良などの開発計画が現在も進む昨今です。
    私は『開発自体が絶対悪』だとは思いません。
    農家の方々の後継者不在や、相続税問題(自分の畑と、裏山と、相続税納付のためにどっちを手放すのか)等を考えると、やむにやまれぬ状況であるのも察します。
    ただ、一度宅地開発した場所をまた元の森に戻すことは膨大な労力を費やしても不可能。環境アセスメントの順守もさることながら、もっと抜本的な税制改革があればと思います。例えば相続税を国税から地方税にし、土地を物収することで公園や緑地を保全していくとか。夢物語ですかね?

    とにかく、子供の頃からの遊び場であった近隣の山々が無くなるので、将来子供が自然と触れ合える意識が希薄になってしまうのではと憂慮が絶えません。

    そして、今日は朝から自主防災倉庫の点検整備を行いました。可搬式ポンプを作動させたのですが、イマイチな状態。

  • 2010 / 11 / 04
    東京都主催の『都民等を対象とした個人情報保護制度説明会』に参加するため、東京都庁5階の大会議室へ。
    定員500名ということでしたが、会場を見渡すとほぼ満員。個人情報保護に対する都民の意識の高さがうかがわれます。

    私は自治会(町内会)の名簿を改訂するにあたって、個人情報保護法とは何かを再度勉強するために参加しました。以前、会社でPマークを取得する際に学んだことは、あくまでも事業者としての法順守でしたので。

    弁護士の先生による丁寧な質疑応答コーナーもあり、色々と抱えていた疑問や不安が解消された気がしました。
    さっそく、自治会員名簿改訂の計画に着手したいと思います。
  • 2010 / 11 / 01
    先週、10月29日金曜、夜。
    平尾自治会館で行われた稲城市長による『市民懇談会』に、平尾宅地分譲住宅自治会役員の一人として参加いたしました。
    せっかくの機会なので、市長さんに「稲城をどういう町にするビジョンをお持ちか」「子供達に誇りや希望を持たせられる町にしてくれるか」と市長へ直に問いかけてみました。イチ市民の声は、行政の芯には届かないものか…。これまでの地域活動や文化活動、防災活動などを通じて蓄積されてきた気持ちの整理と同時に、本気で考えてみました。
    すると、せっかくの土日が一瞬で終わってしまっていました。

    いま現在での結論は、「人任せではなく自分でやれることはやる」という自分の人生ポリシーを貫いてみようということです。

    私は宣言します。自分自身の手で、
    『市民が住むことを誇れる町』を目指すことを!

    行政区分上は転入者であり、根っからの稲城っ子ではありませんが、自分の住む町のため、粉骨砕身の働きをしてみます!

    志を同じく御協力いただける方、是非ともお声掛けください。
  • →【御協力いただける方】御連絡お待ちしております。