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2012年4月22日(月)~25日(木)


海上保安庁の艦艇に囲まれた漁船団。
遠くにうっすら見えるのが北小島・南小島、近くに大きく見えるのが魚釣島。

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2012年4月22日(月)~25日(木)、千載一遇の機会を得て、尖閣諸島へ、地元漁師さんたちと漁業活動に行って参りました。詳細を日記にします。


22日(月)午前、羽田空港より新石垣空港行きの直行便に搭乗。
午後3時、新石垣空港に到着し石垣市街地へタクシーで移動。以前石垣島を訪れた時は旧石垣空港だったのですが、新空港は随分と市街地から離れた場所になっていた。

夜の出航までの間、石垣市議会議員・仲嶺さんを訪問。
貴重な体験談や、石垣市議会が抱えている問題など色々と情報交換させていただく。

夜、石垣港に集合。
外来客である私はロイター通信社のイギリス人記者と同乗。



22時頃、石垣港を出航。一路、尖閣諸島へ。
漁船頂上部にて船長さんからレーダーやGPSの仕組みを聞きながら穏やかな海を進む。
しばらくすると会場に無数のランプが出現、海上保安庁の船が並走するとのこと。
ザッと数えて8隻くらいか?

石垣・西表島の島影から出ると、そこは東シナ海。
波が高くなり始め、トビウオ達が群れを成して海面を跳ねている。
まだまだ8時間近くかかるとのことで、しばし船倉で仮眠。

明け方目を覚ますと沖縄県石垣市登野城、いわゆる尖閣諸島に到着。
高波に揺られる中、目の前に大きな主島・魚釣島が薄闇の中姿を現す。
鰹節工場があった辺りに建つ灯台の明かりが見える。



さらに明るくなってからが驚き。
私たち漁船団9隻(出発当初10隻でしたがオイル漏れで1隻離脱)が
海上保安庁十数隻に取り囲まれている状態。
※最上部の動画も参照



絶好の漁礁である島から1マイル以内は立ち入り禁止。
過去に意味も無く上陸した某都知事候補なんかの影響らしい。困ったものだ。
漁業活動を開始するが、島から距離があるため魚も少なく不漁…。
獲れたのは帰り道でのカツオくらい。



暫くすると中国公船が過去最大となる8隻で領海侵犯を始めたとの緊急連絡!
海保の危険回避指示に従い漁船団は石垣島へ引き返す事態に。
私の船からは遠くに2〜3隻の巨大な船影が見えたのですが、
漁船団後部は中国公船とあわや衝突するかというギリギリの攻防を展開。

北小島・南小島と魚釣島の間を通り、石垣島へと漁業を続けながら帰路に。


今回の疑問点は大きく2つ。

①何故日本船の漁労活動が抑制される対象なのか。
※今回の他船乗組員には上陸経験者がいるらしく、警戒されたのかも。

②中国公船の出現を受けた海保は、日本船を現場から退避させることを優先した。
先ず中国公船に領海内から引き返すよう警告するのが筋ではないのか。
※漁船の安全を重視していただいたのは確かだと思うが、順番が…
※また、万が一中国公船に日本船が拿捕されると、お得意の「我が中国が主権を行使した」に
  繋がりかねないという危険もはらんでいたからか。

先般の日台漁業協定で石垣や与那国の操業海域は圧迫される予想の中、
さらにこのような日本漁船を数少ない漁場から締め出してしまっては元も子もない。

中国共産党政府の海洋覇権主義に対する怒りも当然湧くが、
日本側がこのような対応では、国際社会の目にはどのように映るのでしょうか。
中国の横暴に耐え忍ぶ平和国家・日本?
もしくは何らかの後ろめたいことがあって中国に文句が言えない日本?

いったい何処の誰がこのような国益を損なう行動指示を海保に出しているのか?
現場で尽力する海保職員に対しては、東シナ海の荒波を共有し、その努力には大変深い敬意を表するところですが…
本当に本当に御苦労様です。

とにもかくにも、地元漁業関係者が安心して仕事ができる環境を整えることが急務。
「尖閣に領土問題は存在せず」は正論ですが、中国がこのような暴挙に出ていること、
そして日本の正当性を国際社会に向けて発信することが大切だと感じました。


一市民として生活する町、私はそこで若輩ながら市議会議員をさせていただいてます。
その町づくりの前提、根幹となる国が抱える渦中の問題を一日本国民として肌身に感じ、
微力ではありますが、私にも出来ることを実践していきたいと考えております。


23日(火)夜、石垣港着。
東横インに入り泥のように眠る。

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24日(水)午後、石垣→那覇へ移動。
那覇では鏡水の陸上自衛隊第15旅団基地を見学。



広報資料館では沖縄南部の縮尺1/8000模型を使い、1945年4月1日の
米軍嘉手納海岸上陸から沖縄戦終結までの沖縄戦史を教えていただく。
対応してくれた隊員がとても親切!聞くと宮古島出身の方だそう。


他にも現在も続く不発弾処理活動や、離島地域の緊急患者空輸について色々と伺う。
東日本大震災での被災地での活動・被災地からの感謝の手紙などの展示も。
是非とも学校の修学旅行などで立ち寄ってもらいたい場所だと思いました。



同日から翌日にかけて、これまで行ったことが無い場所を巡る。
久茂地の那覇市歴史博物館(琉球武士の家譜展を開催中)


おもろまちの沖縄県立博物館(併設の美術館ではジブリ展を開催中)


より深く南西地域の特徴、また地元の方々の考え方を学ぶことが出来ました。
また、神社奉賛会理事として行きたかった沖縄総鎮守・波上宮も参拝。

那覇市街地の真っ只中にある美しいビーチ、その断崖上に鎮座する姿に感動。
社殿も本州とは違い、随分と南国風に建築されていました。


25日(木)、那覇から羽田へ帰還。
これまでの人生の中でも大変有意義な数日間となりました。




※全額私費での活動です。
  公費は一切入っておりませんので悪しからず。







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今後の活動の参考にさせていただきます。
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